Hizuru Pilgrimによる徒然なるブログ。
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『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』まとめ中編に続く後編。内容には個人的な尺度により端折った部分が多々ありますので、興味を持たれた方は是非、本を手にとって読んでみてね!2011年、それまでニコニコ動画を中心としたネットコミュニティの外側にはなかなか伝わらなかったボーカロイドシーンの熱気が、いよいよ世の中全体を動かしはじめていた。前の章で取り上げた初音ミクの海外進出、ロサンゼルスで実現したライブは、その一つの象徴だ。音楽業界の側も活発に動き始め、この年メジャーデビューを果たしたボカロPたちも、かなりの数に上っている。いわゆるJポップを聴いてきた層にボーカロイド楽曲が届き始めたのも、この頃だ。
そして同年12月。Google社が提供するウェブブラウザ「Chrome」のグローバルキャンペーンとして一本のコマーシャル映像が公開された。それまでレディー・ガガやジャスティン・ビーバーなどの人気アーティストを起用してきたシリーズに日本発のアイコンとして初音ミクが起用された。このCMは、初音ミクが巻き起こした現象の一つの到達点となった。何より大きな意味を持ったのは、キャラクターとしての初音ミクではなく、そのムーブメントを支えたクリエイターの一人一人にフォーカスを当てた事だった。タグライン(キャッチコピー)は「Everyone, Creator」。いわばウェブの「日本代表」として、初音ミクとクリエイターたちにスポットが当たったのだった。
このCMのために楽曲「Tell Your World」を作ったのがlivetuneのkzだった。「初音ミクが世に出て四年以上経ちましたけど、ソーシャルメディア的なものが進化したのが、この四年間だと思うんです。そんな状況が起こした現象、変えたものとはなんだったんだろう?という疑問に、そのまま答えたのが「Tell Your World」なんです。インターネットを通じてたくさんの人とつながることで、イラストや動画、ダンスなど、クリエイター同士の縁が広がっていくんですね。そんなインターネットのすごさを、もっと感動的にとらえてもいいんじゃないかと思ったんです。」
2012年の夏には、この「Tell Your World」に対しての、一つのアンサーソングも登場している。曲名は「ODDS & ENDS」。作ったのはsupercellのryoだ。この曲は、数多くのボカロPがメジャーデビューを果たした2011年以降の状況に対してのアンサーソングにもなっている。ryo自身も含め、ボカロPとしてデビューしながら、その後にボーカリストを起用した音楽制作に軸足を移し、ボーカロイドから離れていく人気ボカロPも少なくなかった。そういったシーンの状況を初音ミクからの視点で描いたのがこの曲だ。メジャーデビューを果たし、傍目には華々しい成功を収めているように見える数々のボカロP。一見、状況を謳歌しているようにも見える。しかし、だからこそ彼らが抱えている葛藤や悩みにも踏み込んだ楽曲になっている。
「Tell Your World」に「ODDS & ENDS」。それは、同時代を生きた沢山の人にとって「自分たちの歌」になった。前者はインターネットを通じて誰かと繋がることができた人にとって。後者は居場所を追われて膝を抱えてうずくまっている人にとって。「自分の代わりに、自分のことを歌ってくれている」。そういう風に胸に突き刺さる曲が生まれた。アンセムとは、そういうものだ。
そして、もう一つ大きい意味を持っていたのは「ODDS & ENDS」は、失われた「熱」について歌った曲でもあった、ということだ。初音ミクを巡る現象は、確実に変質していた。ボカロPは次々とメジャーデビューを果たし、音楽業界の中で成功を掴むようになっていた。しかし、それは、初期のアマチュアリズムが後退し、DIYな場所だからこそ生まれるプリミティブな熱気が減少したことも意味していた。
重要な楽曲は二つ。一つが黒うさP(WhiteFlame)による「千本桜」。そしてもう一つが、じん(自然の敵P)による「カゲロウデイズ」だ。この二曲は、どちらも投稿直後から爆発的な人気を呼び、その後のシーンの流れを決定づけた。そしてボーカロイドだけでなく、2010年代に登場してきた新しいJポップの潮流を象徴するような楽曲になった。
「千本桜」が人気を獲得した理由はどこにあったのだろうか?楽曲には日本人の情緒に訴える要素が絶妙に配置されていた。ピアノロックをベースにした疾走感あるリズムに、「和」のテイストを活かした曲調、唱歌や童謡にも用いられる「ニロ抜き短音階」を巧みに使った旋律。特にピアノのリフとサビのメロディは一度聴いたら耳から離れないキャッチーさを持っていた。
さらに、黒うさPが持ち味としていた楽曲の持つ物語的な要素が、この曲をロングヒットに結びつけた。「千本桜」は、明治~大正時代のハイカラな情景が未来に蘇ったような異世界を描く歌詞と、細かく練られた背景設定を持っている。それゆえ、楽曲がヒットした時もメディアミックス的な展開は容易だった。そして「物語化」が曲の人気を加速させた。2013年3月には、楽曲をノベライズした『小説千本桜』が発売され、『音楽劇千本桜』として、ミュージカル化もされている。2010年代最大のボーカロイドシーン発のヒット曲は「物語音楽」として受け入れられ、メディアミックス的な展開と共に定着していったのである。
そして、もう一つのヒット曲が、じん(自然の敵P)による「カゲロウデイズ」だ。彼もやはり「物語音楽」のクリエイターである。しかも、ストーリー性を持った楽曲を発表するだけでなく、その一曲一曲が連作として連なり、その歌詞の内容が自身で執筆した小説ともリンクする大きな物語世界を構築していた。映画の原作と監督と劇伴音楽を一人でやっているような作家である。
「カゲロウプロジェクト」について何より印象的なのは、これが「疎外された子供たち」の物語だということ。それぞれの曲の主人公たちに、学校や家庭、つまり大人たちの社会で上手くやっているようなキャラクターは誰もいない。「カゲロウプロジェクト」のテーマソングとも言える「チルドレンレコード」の歌詞の一節には「少年少女前を向け」という言葉がある。この曲には、じん自身が10代の時に音楽から貰ったと感じたバトンを、「これは自分の代わりに歌ってくれている歌だ」という熱そのものを届けたいという意思が、核心の部分に宿っている。だからこそ、この曲は10代に刺さったのだろう。
「千本桜」や「カゲロウデイズ」は、「物語音楽」としての音楽消費のされ方だけでなく、楽曲の傾向、音楽性における面でも、2010年代に入ってからのボーカロイドシーンに生まれた新しい潮流を象徴する楽曲になっている。その特徴はスピード感のあるメロディに沢山の言葉を詰め込んだ、情報量の多いサウンドである。テンポが速く、ビートやメロディの譜割が細かく、とにかく沢山の音符を詰め込んだような楽曲だ。
こうした傾向は何故生まれたのか。それは、00年代の後半以降、Jポップと「洋楽」の流れが切り離された、いわばガラパゴス的な音楽性の進化によるものと言えるだろう。同様の流れはロックバンドやアニソンやアイドルポップなども含めた様々なシーンで生まれている。精巧で、細密で、手数が多くて、日本独自の進化を遂げた音楽。洋楽コンプレックスから解き放たれ、マーティ・フリードマンいわくの「あえてハッピー、あえて派手、あえてカラフル」な楽曲が次々と産み落とされるようになった10年代の音楽シーンを「Jポップの浮世絵化」と見立てることもできるのではないだろうか。
そして、2013年11月。渋谷慶一郎と初音ミクによる新作オペラ公演『THE END』は、フランス・パリへの上陸を果たした。歌手もオーケストラも一切登場しない世界初のボーカロイド・オペラとして上演されたこの作品。舞台となったのは、十九世紀に設立され、設立150年を超える由緒正しきオペラ会場だ。YCAMでの初演を成功させた渋谷慶一郎が、劇場支配人のジャン=リュック・ショプラン氏に直談判で話を持ちかけた。トレイラー映像を見たショプラン氏は即決で公演を決めたという。
その成功は単に「バーチャルアイドルの初音ミクが海外でも人気になった」ということとは、少し違った意味をもつものだった。特に、フランスでは日本のポップカルチャー人気がすでに定着している。現地の報道でも、初音ミクを育ててきたネット上のカルチャーやJポップの海外進出と、今回の『THE END』は「違う文脈である」ということが、はっきりと語られていた。むしろ、今回の公演の成功は、伝統的なオペラに革新をもたらしたという意味で、音楽の歴史に残る可能性を持つ偉業になったのだ。
誕生から6年。最初は無邪気にネギを振っていた初音ミクは、遂にフランスのオペラの殿堂にまで辿り着いた。最初は誰もがイロモノだと思っていたキャラクターは、シャトレ座の劇場支配人が、コクトーやピカソやサティやニジンスキーのような芸術史上の偉人と並べて語るところまで辿り着いた。初音ミクが、音楽史を、芸術の歴史を塗り替えていく。
奇跡的なタイミングで様々な線が交わって、一つの点が生まれたわけです。その点の交わりのところに、初音ミクというソフトウェアとその現象が生まれた。要は火が起きたわけですよね。そのせっかく起きた火をどうやったら消さずに、維持できるか。僕らが考えてきたのはそのところだけだった。今、その火が消えずに6年、7年と燃え続けているということは、そこに燃料が投下されているということでもあり、よくぞ定着したなという実感はありますね。燃料の部分は沢山のクリエイターたちが担ってきたものなんです。クリエイティブな活動に関しては我々が関与することはないし、そもそもそれはできない。ウチは、火が風に吹き消されてしまわないように覆いを作ったり、なるべく空気がフレッシュになるように換気をしたり、そういう部分を担当してきたということなんです。
今は第三の革命の『情報革命』の真っ只中にいる。コンピューターができてからせいぜい5、60年くらいです。今はようやくインターネットという神経網のようなものが地球に巡らされて始めた頃。まだまだ情報革命は始まったばかりだと思いますね。大局的に見ると、今はまだ、まさに人類の歴史に大きな波がくる直前だと思うんです。その先に何が起きるかというのは、僕には当然わからないわけです。ただ僕にはミクが起こした小さな赤い炎が見えた。すごく大勢の人たちが、何の見返りもないのにもかかわらず、よってたかって新しい創作に取り組んでいる状況があった。
ニコ動全体に占める再生数で、『ボーカロイド』や『歌ってみた』、要するにボーカロイドから派生した動画に対する再生数が、ウチの調べでは2013年のゴールデンウィークくらいからだいぶ落ち込んでいるという印象があります。『サード・サマー・オブ・ラブ』が、過去のファーストとセカンドが5、6年くらいで終焉を迎えていったっていうことをなぞるとするならば、今のボーカロイドのムーブメントはそろそろ終焉を迎えていくかもしれないし、その可能性はあります。
僕らがこれから力を入れるべき部分は、ボーカロイドにおける音楽とテクノロジーについての側面です。基本的にまだまだ先は長いと思ってるんですよ。そもそも、先ほど話したように、情報革命がライフスタイルにもたらすインパクトは、全然こんなもんじゃない。農業革命や産業革命のビフォー・アフターの差と比べると、情報革命のビフォー・アフターの差って、まだそんなにないんです。情報革命がそんな情けないレベルで終わるはずはないと思っているんです。もっとドラスティックな変化が数十年先に起こるはずだし、そこにターゲットを絞りつつ、直近のボーカロイドのブームを見ています。
音楽というアウトプットは、もはや音楽だけでは成立しなくなっている。みんな動画で聴きますしね。歌詞がドーンと大きく映し出されたり、大抵ビジュアルが伴う。それが、物語的な音楽を生み出す土壌にもなっている。だから、非常にハイブリッドなわけです。You Tube以降の時代に生まれる新しい音楽文化はこういうものだという、一つの明示になっているわけですよね。
僕らは、クリエイターに『お金が儲かるからやりましょう』と言ったことは一度もないんです。お金が儲かるっていうことがだけがクリエイティブの唯一のゴールではなくて、人に喜ばれるとか、感動させるだとか、それによって自分にできることが増えていくこともゴールとして捉える。この先に音楽の原盤でお金を儲けることは多分難しくなっていくと思いますが、お金以外にも自分の生きがいを見つけることはできる。そして、ここから先は単なる直感ですけれど、お金という概念がいつまで世の中の主流であり続けるかもわからないですからね。情報革命の行きつく先は、価値のパラダイムシフトだと思っていますから。
未来というものが可視化できないと、具体的にイメージできないと、人は未来に対してポジティブになれないと思うんです。今、幸いにして『初音ミク』という一つのシンボルのようなものが生まれた。なので、僕らの立ち位置としては、音楽テクノロジーを通して未来をポジティブに設計していきたい。音楽を通して、多くの人に機会を提供して、クリエイティブな創作活動のきっかけを提供していきたい。僕らにできるのは、それだけですからね。
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一現役ボカロPとして自身の読書メモも兼ねて、また特に現在ボ―カロイドを用いて活動をされている方、これからボーカロイドを使ってみたい、ボカロカルチャーに興味がある、という方に向けてもの凄いざっくりと要点だけまとめてみました。今回は第八章 インターネットアンセムの誕生
そして同年12月。Google社が提供するウェブブラウザ「Chrome」のグローバルキャンペーンとして一本のコマーシャル映像が公開された。それまでレディー・ガガやジャスティン・ビーバーなどの人気アーティストを起用してきたシリーズに日本発のアイコンとして初音ミクが起用された。このCMは、初音ミクが巻き起こした現象の一つの到達点となった。何より大きな意味を持ったのは、キャラクターとしての初音ミクではなく、そのムーブメントを支えたクリエイターの一人一人にフォーカスを当てた事だった。タグライン(キャッチコピー)は「Everyone, Creator」。いわばウェブの「日本代表」として、初音ミクとクリエイターたちにスポットが当たったのだった。
このCMのために楽曲「Tell Your World」を作ったのがlivetuneのkzだった。「初音ミクが世に出て四年以上経ちましたけど、ソーシャルメディア的なものが進化したのが、この四年間だと思うんです。そんな状況が起こした現象、変えたものとはなんだったんだろう?という疑問に、そのまま答えたのが「Tell Your World」なんです。インターネットを通じてたくさんの人とつながることで、イラストや動画、ダンスなど、クリエイター同士の縁が広がっていくんですね。そんなインターネットのすごさを、もっと感動的にとらえてもいいんじゃないかと思ったんです。」
2012年の夏には、この「Tell Your World」に対しての、一つのアンサーソングも登場している。曲名は「ODDS & ENDS」。作ったのはsupercellのryoだ。この曲は、数多くのボカロPがメジャーデビューを果たした2011年以降の状況に対してのアンサーソングにもなっている。ryo自身も含め、ボカロPとしてデビューしながら、その後にボーカリストを起用した音楽制作に軸足を移し、ボーカロイドから離れていく人気ボカロPも少なくなかった。そういったシーンの状況を初音ミクからの視点で描いたのがこの曲だ。メジャーデビューを果たし、傍目には華々しい成功を収めているように見える数々のボカロP。一見、状況を謳歌しているようにも見える。しかし、だからこそ彼らが抱えている葛藤や悩みにも踏み込んだ楽曲になっている。
「Tell Your World」に「ODDS & ENDS」。それは、同時代を生きた沢山の人にとって「自分たちの歌」になった。前者はインターネットを通じて誰かと繋がることができた人にとって。後者は居場所を追われて膝を抱えてうずくまっている人にとって。「自分の代わりに、自分のことを歌ってくれている」。そういう風に胸に突き刺さる曲が生まれた。アンセムとは、そういうものだ。
そして、もう一つ大きい意味を持っていたのは「ODDS & ENDS」は、失われた「熱」について歌った曲でもあった、ということだ。初音ミクを巡る現象は、確実に変質していた。ボカロPは次々とメジャーデビューを果たし、音楽業界の中で成功を掴むようになっていた。しかし、それは、初期のアマチュアリズムが後退し、DIYな場所だからこそ生まれるプリミティブな熱気が減少したことも意味していた。
第九章 浮世絵化するJポップとボーカロイド
2012年はムーブメントの変質が徐々に明らかになっていった時期でもあった。それは商業化によって勃興期の熱気が失われたという変化でもあった。しかし、勃興期の熱気である二度の「サマー・オブ・ラブ」が終わっても、ロックという音楽が死に絶えることはなかったし、クラブカルチャー自体が廃れることもなかった。むしろその後の10年にそれぞれの「黄金期」とも言うべき時代を迎えている。ブームは去っても、カルチャーは死なない。この章では、そういう視点で10年代のボーカロイドシーンを語っていこうと思う。重要な楽曲は二つ。一つが黒うさP(WhiteFlame)による「千本桜」。そしてもう一つが、じん(自然の敵P)による「カゲロウデイズ」だ。この二曲は、どちらも投稿直後から爆発的な人気を呼び、その後のシーンの流れを決定づけた。そしてボーカロイドだけでなく、2010年代に登場してきた新しいJポップの潮流を象徴するような楽曲になった。
「千本桜」が人気を獲得した理由はどこにあったのだろうか?楽曲には日本人の情緒に訴える要素が絶妙に配置されていた。ピアノロックをベースにした疾走感あるリズムに、「和」のテイストを活かした曲調、唱歌や童謡にも用いられる「ニロ抜き短音階」を巧みに使った旋律。特にピアノのリフとサビのメロディは一度聴いたら耳から離れないキャッチーさを持っていた。
さらに、黒うさPが持ち味としていた楽曲の持つ物語的な要素が、この曲をロングヒットに結びつけた。「千本桜」は、明治~大正時代のハイカラな情景が未来に蘇ったような異世界を描く歌詞と、細かく練られた背景設定を持っている。それゆえ、楽曲がヒットした時もメディアミックス的な展開は容易だった。そして「物語化」が曲の人気を加速させた。2013年3月には、楽曲をノベライズした『小説千本桜』が発売され、『音楽劇千本桜』として、ミュージカル化もされている。2010年代最大のボーカロイドシーン発のヒット曲は「物語音楽」として受け入れられ、メディアミックス的な展開と共に定着していったのである。
そして、もう一つのヒット曲が、じん(自然の敵P)による「カゲロウデイズ」だ。彼もやはり「物語音楽」のクリエイターである。しかも、ストーリー性を持った楽曲を発表するだけでなく、その一曲一曲が連作として連なり、その歌詞の内容が自身で執筆した小説ともリンクする大きな物語世界を構築していた。映画の原作と監督と劇伴音楽を一人でやっているような作家である。
「カゲロウプロジェクト」について何より印象的なのは、これが「疎外された子供たち」の物語だということ。それぞれの曲の主人公たちに、学校や家庭、つまり大人たちの社会で上手くやっているようなキャラクターは誰もいない。「カゲロウプロジェクト」のテーマソングとも言える「チルドレンレコード」の歌詞の一節には「少年少女前を向け」という言葉がある。この曲には、じん自身が10代の時に音楽から貰ったと感じたバトンを、「これは自分の代わりに歌ってくれている歌だ」という熱そのものを届けたいという意思が、核心の部分に宿っている。だからこそ、この曲は10代に刺さったのだろう。
「千本桜」や「カゲロウデイズ」は、「物語音楽」としての音楽消費のされ方だけでなく、楽曲の傾向、音楽性における面でも、2010年代に入ってからのボーカロイドシーンに生まれた新しい潮流を象徴する楽曲になっている。その特徴はスピード感のあるメロディに沢山の言葉を詰め込んだ、情報量の多いサウンドである。テンポが速く、ビートやメロディの譜割が細かく、とにかく沢山の音符を詰め込んだような楽曲だ。
こうした傾向は何故生まれたのか。それは、00年代の後半以降、Jポップと「洋楽」の流れが切り離された、いわばガラパゴス的な音楽性の進化によるものと言えるだろう。同様の流れはロックバンドやアニソンやアイドルポップなども含めた様々なシーンで生まれている。精巧で、細密で、手数が多くて、日本独自の進化を遂げた音楽。洋楽コンプレックスから解き放たれ、マーティ・フリードマンいわくの「あえてハッピー、あえて派手、あえてカラフル」な楽曲が次々と産み落とされるようになった10年代の音楽シーンを「Jポップの浮世絵化」と見立てることもできるのではないだろうか。
第一〇章 初音ミクと「死」の境界線
もはやボーカロイドを「アマチュアの遊び道具」だと鼻で笑うような人はほとんどいなくなった。初音ミクが、プロの音楽家、キャリアのあるクリエイターが本気で挑む対象として捉えられるようにもなっていた。その象徴が、2012年11月に東京オペラシティコンサートホールにて初演された冨田勲の『イーハトーヴ交響曲』、そして2012年12月にYCAMで初演された世界初のボーカロイドオペラ『THE END』だった。音楽家・アーティストの渋谷慶一郎と演出家・劇作家・小説家の岡田利規によるコラボレーション作品として制作された『THE END』は、2013年5月にも東京・Bunkamuraオーチャードホールで上演された。そして、2013年11月。渋谷慶一郎と初音ミクによる新作オペラ公演『THE END』は、フランス・パリへの上陸を果たした。歌手もオーケストラも一切登場しない世界初のボーカロイド・オペラとして上演されたこの作品。舞台となったのは、十九世紀に設立され、設立150年を超える由緒正しきオペラ会場だ。YCAMでの初演を成功させた渋谷慶一郎が、劇場支配人のジャン=リュック・ショプラン氏に直談判で話を持ちかけた。トレイラー映像を見たショプラン氏は即決で公演を決めたという。
その成功は単に「バーチャルアイドルの初音ミクが海外でも人気になった」ということとは、少し違った意味をもつものだった。特に、フランスでは日本のポップカルチャー人気がすでに定着している。現地の報道でも、初音ミクを育ててきたネット上のカルチャーやJポップの海外進出と、今回の『THE END』は「違う文脈である」ということが、はっきりと語られていた。むしろ、今回の公演の成功は、伝統的なオペラに革新をもたらしたという意味で、音楽の歴史に残る可能性を持つ偉業になったのだ。
誕生から6年。最初は無邪気にネギを振っていた初音ミクは、遂にフランスのオペラの殿堂にまで辿り着いた。最初は誰もがイロモノだと思っていたキャラクターは、シャトレ座の劇場支配人が、コクトーやピカソやサティやニジンスキーのような芸術史上の偉人と並べて語るところまで辿り着いた。初音ミクが、音楽史を、芸術の歴史を塗り替えていく。
終章 未来へのリファレンス
※終章はクリプトン社、伊藤博之社長へのインタビューとなっており、重要な部分ばかりでまとめきれなかったので、個人的に特に印象的だった箇所を抜粋してお届けします。奇跡的なタイミングで様々な線が交わって、一つの点が生まれたわけです。その点の交わりのところに、初音ミクというソフトウェアとその現象が生まれた。要は火が起きたわけですよね。そのせっかく起きた火をどうやったら消さずに、維持できるか。僕らが考えてきたのはそのところだけだった。今、その火が消えずに6年、7年と燃え続けているということは、そこに燃料が投下されているということでもあり、よくぞ定着したなという実感はありますね。燃料の部分は沢山のクリエイターたちが担ってきたものなんです。クリエイティブな活動に関しては我々が関与することはないし、そもそもそれはできない。ウチは、火が風に吹き消されてしまわないように覆いを作ったり、なるべく空気がフレッシュになるように換気をしたり、そういう部分を担当してきたということなんです。
今は第三の革命の『情報革命』の真っ只中にいる。コンピューターができてからせいぜい5、60年くらいです。今はようやくインターネットという神経網のようなものが地球に巡らされて始めた頃。まだまだ情報革命は始まったばかりだと思いますね。大局的に見ると、今はまだ、まさに人類の歴史に大きな波がくる直前だと思うんです。その先に何が起きるかというのは、僕には当然わからないわけです。ただ僕にはミクが起こした小さな赤い炎が見えた。すごく大勢の人たちが、何の見返りもないのにもかかわらず、よってたかって新しい創作に取り組んでいる状況があった。
ニコ動全体に占める再生数で、『ボーカロイド』や『歌ってみた』、要するにボーカロイドから派生した動画に対する再生数が、ウチの調べでは2013年のゴールデンウィークくらいからだいぶ落ち込んでいるという印象があります。『サード・サマー・オブ・ラブ』が、過去のファーストとセカンドが5、6年くらいで終焉を迎えていったっていうことをなぞるとするならば、今のボーカロイドのムーブメントはそろそろ終焉を迎えていくかもしれないし、その可能性はあります。
僕らがこれから力を入れるべき部分は、ボーカロイドにおける音楽とテクノロジーについての側面です。基本的にまだまだ先は長いと思ってるんですよ。そもそも、先ほど話したように、情報革命がライフスタイルにもたらすインパクトは、全然こんなもんじゃない。農業革命や産業革命のビフォー・アフターの差と比べると、情報革命のビフォー・アフターの差って、まだそんなにないんです。情報革命がそんな情けないレベルで終わるはずはないと思っているんです。もっとドラスティックな変化が数十年先に起こるはずだし、そこにターゲットを絞りつつ、直近のボーカロイドのブームを見ています。
音楽というアウトプットは、もはや音楽だけでは成立しなくなっている。みんな動画で聴きますしね。歌詞がドーンと大きく映し出されたり、大抵ビジュアルが伴う。それが、物語的な音楽を生み出す土壌にもなっている。だから、非常にハイブリッドなわけです。You Tube以降の時代に生まれる新しい音楽文化はこういうものだという、一つの明示になっているわけですよね。
僕らは、クリエイターに『お金が儲かるからやりましょう』と言ったことは一度もないんです。お金が儲かるっていうことがだけがクリエイティブの唯一のゴールではなくて、人に喜ばれるとか、感動させるだとか、それによって自分にできることが増えていくこともゴールとして捉える。この先に音楽の原盤でお金を儲けることは多分難しくなっていくと思いますが、お金以外にも自分の生きがいを見つけることはできる。そして、ここから先は単なる直感ですけれど、お金という概念がいつまで世の中の主流であり続けるかもわからないですからね。情報革命の行きつく先は、価値のパラダイムシフトだと思っていますから。
未来というものが可視化できないと、具体的にイメージできないと、人は未来に対してポジティブになれないと思うんです。今、幸いにして『初音ミク』という一つのシンボルのようなものが生まれた。なので、僕らの立ち位置としては、音楽テクノロジーを通して未来をポジティブに設計していきたい。音楽を通して、多くの人に機会を提供して、クリエイティブな創作活動のきっかけを提供していきたい。僕らにできるのは、それだけですからね。
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プロフィール
HN:
Hizuru Pilgrim
性別:
男性
自己紹介:
09年インディーズレーベル"What a Wonderful World"を立ち上げ、同名のコンセプトアルバムをリリース。トラックメイキングの傍らドラムンベースDJも少々。
現在はmirgliP名義でのボカロ曲投稿を中心に活動中!これまでの投稿動画はコチラ
twitter : @mirgliPilgrim
Mail : pilgrim_breaks@hotmail.co.jp
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